映画『グレイテストショーマン』は、評価経済によって約束されたヒット作である

 

sa-2
こんにちは。

sa2(@sa2fdi)と申します。

真面目な記事を挙げていますが、実は最近Youtuberになりました。笑

借金して仮想通貨を買った僕が、Youtuberになったワケ

是非一度ご覧ください。

自己紹介はこちらから。

 

 

 

話題の映画『グレイテストショーマン』をご覧になったでしょうか。

第90回アカデミー賞では惜しくも受賞を逃したものの、歌曲賞にノミネートされました。

私も遅ればせながら鑑賞し、その「評価」を体感してきました。

『グレイテストショーマン』は、評価経済によって約束されたヒット作なのです。

 

 

これからの経済は「評価」によって回る

 

これまでのマーケティングと言えば、広告費をかけてCMを打つというものが主流でした。

広告費をより多くかけたものがよりヒットする。

数年前まで、特にテレビCMの影響力は絶大なものでした。

しかし、ネットやSNSの普及により状況は徐々に変わりつつあります。

例えば、今はテレビを毎日のように見る人はかなり減っています。

特に若者にとっては、テレビよりもYouTubeのほうがより身近なメディアになっています。

必然的に、広告の形もメディアに合わせて姿を変えて、立場を変えていきます。

関連記事:現代メディア再編論 マスメディア=IT企業の時代が訪れる

かく言う私もテレビは全く見ないので、『グレイテストショーマン』のCMは見たことがありませんでした。

というより、CMを目にしたことはあったとしても、CMに影響されて購買行動に移すということをあまりしないのです。

こういう人は最近増えています。

ネット社会において、CMというものの信頼性が薄いということを何となく実感してしまっているのです。

なぜ、そんな私が最終的に映画館に足を運んだのか。

それは、SNSで『グレイテストショーマン』の評価を見たからです。

これは、ただ口コミで流行ったという使い古しの話ではありません。

私はSNS上で、「この人はセンスが良い」と信頼している人による高評価を目にしました。

この瞬間に、私の中で『グレイテストショーマン』の価値が跳ね上がったのです。

「お金を出したけど満足できない」というリスクに対して、信頼を寄せる人の評価がリスクヘッジしてくれた形になるのです。

現代における真のマーケティングは、「広告による認知」から「評価による動員」へと軸足を移しつつあるのです。

これが、評価を仲介として経済活動が行われる評価経済社会です。

もちろんこれは、広告の死を意味するわけではありません。

・広告が弱くても、良いものは評価によって動員される

・良いものに対する広告は、評価によって効果が増大する

つまりは、相対的に評価の比重が高まり、広告の影響力は弱まりつつあるということです。

 

 

グレイテストショーマンは、なぜ評価経済にハマったのか

 

グレイテストショーマンが名作であることはもちろんのこと、次の要素が話題に拍車をかけました。

 

・素晴らしいポイントが「音楽」という抽象的なところ

・フリークス、見世物小屋の社会問題要素がある

 

 

まずは、何よりも音楽が素晴らしいです。

評価の内容が具体性に富みすぎると、実際に体感したいという気持ちは薄れてしまいますが、グレイテストショーマンの最大の評価ポイントは音楽でした。

抽象的な部分に対しての高評価は、人の「体感したい欲」を心地よく刺激します。

 

 

次に、社会問題要素について。

グレイテストショーマンは見世物小屋・フリークスという差別要素が1つのテーマとなっています。

繊細な問題に真っ向から向き合った作品に対して、人は感想を言いたくなり、また感想を聞きたくなるものです。

感想や意見がSNSで飛び交うことで、自然と評価経済の中に私たちは巻き込まれていたのです。

 

 

 

「評価」は交換できる。資本主義は価値主義へ

 

評価が動員力を持つことは、評価経済のほんの一面を表すに過ぎません。

評価経済の真髄は、「評価」それ自体がカネ・モノ・サービス・情報といった経済要素の上に立つというところにあります。

大昔、人はモノとモノを交換して欲しいものを手に入れていました。

物々交換は不便なので、やがて人類はおカネを発明し、モノやサービスの指標となる概念を作り出しました。

そうして長らく、我々はおカネを仲介としてモノ・サービスのやり取りをしてきたのです。

さて、私がグレイテストショーマンを観覧したきっかけを振り返りましょう。

通常、映画のチケット代には広告費が含まれており、客はその負担をしていることになります。

しかし私は広告によってではなく、映画が生み出した評価によって動員されています。

つまり、映画の「評価」という要素に対して私はおカネを払っているということができるのです。

評価は、おカネ・モノ・サービスと交換することができるということです。

そして、評価という概念は必ずしもおカネで買うことはできません。

例えば、ツイッターのフォロワーをお金で買うことはできませんが、フォロワーの動員力はおカネに替えることができます。

おカネよりも、さらに抽象的な概念が評価なのです。

これまでは「おカネ→モノ・サービス」だったのが、

「評価→おカネ→モノ・サービス」になるということです。

評価経済社会の本質は、これまでおカネでは表せなかった「評価」の価値が、SNSなどによって可視化されていくというところにあるのです。

 

 

 

 

さて、ここで価値という言葉が出てきました。

資本主義は、段々と価値主義へ移行していくという話をしたいと思います。

というのも、評価という経済要素が影響力を持ち始めたときに、今の資本主義上のおカネでは表せない価値があるということに、世間は気付き始めたのです。

私の映画鑑賞が良い例でしょう。

私がSNSで見たグレイテストショーマンへの評価は、現在の資本主義上では意味を成しません。

しかし、それによって私が経済活動を起こしたことには疑いがありません。

このように、今の資本・おカネが表せないような「価値」を中心とした世界のことを価値主義と呼ぶのです。

この価値主義を提唱している書籍が、『お金2.0』です。

紛れもない名著なので、気になった方は是比手に取って読んでみてください。

 

 

 

さて、評価経済活社会では個人の信頼が重要な要素となります。

ここで1つ、私のポジションを取りたいと思います。

グレイテストショーマンは素晴らしい映画で、心から感動しました。

YouTubeの公式動画にてその一端を体感することができます。

是比ご覧になって、できれば途中で止めて、劇場に足を運んでみてください。

そして、評価経済社会を実感していただければ幸いです。